東京地方裁判所 昭和43年(ワ)1507号 判決 1969年9月11日
原告 武井冨久子
右訴訟代理人弁護士 四宮久吉
同 船戸実
被告 谷川隆士
右訴訟代理人弁護士 小林伴培
被告 草薙勝義
主文
一、被告谷川隆士は原告に対し、別紙第一目録記載の土地四六・二八m2を、同目録記載の建物を収去して明渡し、かつ、昭和四一年四月一日から右明渡すみまで一ヶ月金五六〇円の割合による金員を支払え。
二、被告草薙勝義は原告に対し、別紙第二目録の建物部分から退去してその床下敷地部分の土地を明渡せ。
三、訴訟費用は、被告らの負担とする。
四、この判決は、かりに執行することができる。
事実
一、当事者の求める裁判
原告は、主文第一、二、三項と同趣旨の判決および仮執行の宣言を求め、
被告らは、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた
二、請求原因
(一) 別紙第一目録記載の宅地一八四・八九m2は、もと沼尻七郎の所有であって、同人は、染谷某に対し右宅地中同目録記載の四六・二八m2(以下本件土地という。)を、目的は木造建物の所有、賃料は毎月末日払いの約で賃貸し、染谷は、本件土地上に別紙第二目録記載の建物(以下本件建物という。)を所有していた。
被告谷川は、昭和二八年ころ、沼尻の承諾をえて染谷から本件土地賃借権を本件建物所有権とともに譲受けたが、本件土地賃貸借における約定賃料額は、昭和四〇年七月二日当時月額金五六〇円であった。
(二) 原告は、昭和四〇年七月二日、沼尻から、別紙第一目録記載の宅地を買受けてその所有権を取得し、四月三日その旨の登記を経由し、前項の土地賃貸借における賃貸人の地位を承継した。
(三) 被告谷川は、昭和四一年四月分以降の本件土地の賃料を支払わないので、原は、昭和四三年一月二一日同被告に到達し告た書面(同月一九日発信)で、昭和四一年四月分から昭和四二年一一月分までの延滞賃料計金一一、二〇〇円(二〇ヶ月分)を昭和四三年一月二三日までに支払うよう催告するとともに、右期間内にその支払がないことを停止条件として本件土地賃貸借を解除する旨の意思表示をした。
(四) 右賃貸借は、前項の催告期間の徒過により、昭和四三年一月二三日かぎり契約が解除された。したがって、被告谷川は、原告に対し、賃貸借契約解除による原状回復として、本件土地を、地上の本件建物を収去して明渡すべき義務があるほか、昭和四一年四月一日から昭和四三年一月二三日までの一ヶ月金五六〇円の未払賃料および同月二四日から右土地明渡ずみまで同額の割合による賃料相当の損害金を支払うべき義務がある。
よって、原告は、被告谷川に対し右各義務の履行を求める。
(五) 被告草薙は、本件建物の一階中東側の一室を除くその余の部分(別紙図面(二)赤斜線部分)および同二階中西側の一室(別紙図面(三)赤斜線部分)を占有してその床下部分の本件土地を占有している。
よって、原告は、前記宅地所有権に基づき、被告草薙に対し、本件建物中右占有部分から退去してその占有する右土地部分の明渡を求める。
三、被告谷川の答弁および抗弁
(一) 請求原因(一)ないし(三)の事実は認める。
(二) 本件土地の賃料は、沼尻と被告谷川との賃貸借継続中、賃貸人が毎年一、二回賃借人方に出向いて取立てることに合意されたところ、同被告は原告からの催告に応じ賃料支払の準備をして原告の取立てを待ったが、原告は取立てのため同被告方に来所しなかった。したがって、同被告に債務の不履行はなく、原告主張の契約解除の意思表示は、その効力がない。
(三) かりに前項の主張が理由がないとしても、原告がした催告は、その催告期間が不相当であるから、その効力がない。
(四) かりに右催告が有効であるとしても、被告谷川は、原告が本件土地賃貸人たる地位を取得したことを知らなかったものであるところ、原告は被告谷川にそのことを何ら通知することなく、突然賃料支払の催告をしたのであって、同被告は右催告を受けるやただちに支払請求のあった賃料の明細を知らせてくれるよう原告に要求した。しかるに、原告はこれに対する何らの回答もしなかったのであるから、かような事情のもとでは、信義則に照らし、原告主張の契約解除の意思表示は、その効力を生じないとすべきである。
四、被告草薙の答弁および抗弁
(一) 本件土地を含む原告主張の宅地が原告の所有であり、同被告が本件建物中原告主張の建物部分を占有してその床下部分の本件土地を占有していることは認める。
(二) 被告草薙は、被告谷川から昭和二八年中本件建物一階の占有部分を、昭和四一年中同二階の占有部分をそれぞれ賃借し、右賃借権に基づき本件土地部分を占有するものであるところ、被告谷川は、原告主張の経緯により本件土地賃借権を有するから、被告草薙に対する原告の請求は失当である。なお、原告の本件土地賃貸借終了の主張に対しては、被告谷川の主張をすべて援用する。
五、被告らの抗弁に対する原告の答弁
(一) 本件土地の賃料につき沼尻と被告谷川との間で被告ら主張のような取立債務とする合意があったことは否認する。
(二) 本件賃貸借解除の意思表示が信義則に反し無効である旨の主張は争う。
原告は、本件土地を含む宅地の所有権を取得した直後、被告谷川に対し、その旨および今後地代を原告宛に送金されたい旨通知したのみならず、本件土地の賃料は、原告が賃貸人となってからは一度も値上げされていないのであるから、被告谷川は、原告に賃料の明細書など要求することなく、原告の催告に応ずべきであった。被告谷川は、原告側からの再三の電話等による地代支払の催告にもかかわらず、その支払を滞っていたものであって、同被告こそ賃借人としての信義に甚しく違反したものである。
(三) 被告草薙主張の本件建物部分の賃貸借関係は知らない。
六、証拠関係≪省略≫
理由
一、被告谷川に対する請求について。
請求原因(一)、(二)、(三)の事実は、いずれも当事者間に争いがない。
そこでまず、本件土地の前賃貸人沼尻と被告谷川との間で同被告主張のような本件土地の賃料支払の方法場所に関する合意があったかどうかについて検討するに、被告谷川本人の供述中この点に関する部分は、証人沼尻トメの証言に照らし、右のような明示または黙示の合意の存在を認めるに十分ではなく、ほかにそのような合意があったことを認めるに足りる証拠はない。かえって、右証人沼尻トメの証言と被告谷川本人の供述とによると、被告谷川は、本件建物を取得してからかつて自らこれに入居したことはなく、東京都内の他所に居住し、本件建物を貸家として賃貸してきたこと、本件土地の前賃借人染谷某は、毎月末ごとに地代を地主沼尻方に持参して支払っており、被告谷川も土地賃借人となった当初は、本件建物の家賃取立てに出向いた足で、同建物のすぢ向いの沼尻方に毎月末ごとに地代を持参して支払っていたこと、しかしその後同被告から地代の持参がなくなったので、沼尻方では、本件建物の借家人に、同被告が地代を持参してくれるようにと伝言方をたのんだが、同被告が「地代をもらいたければ請求書をもってこい。」といっている由を聞知したので、それからは、年に一回ほど請求書を持参して同被告の住いに足を運び、地代の支払を受けていたこと、沼尻方では、当時本件土地に隣接する宅地を区切って数人の者に賃貸しており、これらの賃借人はすべて地代を持参して支払っていたが、被告谷川についてだけ右のようなことになったのは、同被告の地代の支払を取立債務とすることに同意したからではなく、同被告が地代を持参しなくなったので、止むなく取立に出向き、まとめてその支払を受けていたにすぎないこと、かような事実が認められる。右事実からすると、沼尻と被告谷川との間には、明示的にも黙示的にも同被告主張の合意はなかったとみるべきであり、したがって、他に別段の主張立証のない本件では、本件土地の賃料は、毎月末ごとに当月分を地主方に持参して支払うべきであったとすべきである。
次に、原告の地代支払の催告に定められた催告期間の当否について考える。
右催告で指定された催告期間の末日が昭和四三年一月二三日であるところ、右催告が到達したのが同月二一日であるからその間わずか二日余しかなかったわけである。しかし、原告が支払を催告した賃料は、二〇ヶ月におよぶ延滞分であるところ、その額は金一万一千余円程度のものにすぎなかったのであり、また≪証拠省略≫によると、原告方では、被告谷川からは昭和四一年春一回まとめて地代の送付を受けただけでその後の支払が全くなかったため、他人を介して同被告宅に電話するなど、地代支払方催告していたことが認められる(被告谷川本人の供述中右認定に反する部分は採用しがたい。)。このような事情を考慮すると、前記の催告期間は、必ずしも不当なものとすることはできない。この点に関する同被告の主張は採用できない。
さらに、本件契約解除の意思表示は信義則に照らしてその効力を生じないとする同被告の主張について考える。
被告谷川は、まず同被告が地主の交替を知らず、その通知も受けないうちに突然賃料支払の催告を受けたとするが、この点に関する同被告本人の供述は、前記証人武井サクの証言に照らし採用できない。かえって右証人の証言によると、原告方では本件土地を含む宅地を取得した直後、被告谷川に対し、原告が地主となったことおよび今後地代は原告の住所に届けてくれるよう葉書で知らせたことが認められ、また、同被告が昭和四一年春に一回原告に地代を支払ったことがあることは前認定のとおりである。本件催告当時、本件土地賃貸人が原告であるということは、被告谷川の熟知していたところというべきである。
同被告は、また、原告からの催告に対し、請求にかかる賃料の明細を知らせるよう要求したのに、何らの回答もなかったとする。しかし、前記証人武井サクの証言によると、原告が地主となってからは本件土地の賃料の値上げは一度もなかったことが認められ、また、成立に争いのない甲第二号証の一の右催告書の文面は、請求金額についてことさらに説明を要するようなものでないことが明らかである。同被告の要求に対し原告から何らの回答がなかったからといって、これを不当ということはできない。
本件契約解除が信義則に反する旨の前記主張は、到底採用できないものである。
以上のとおりとすると、本件土地賃貸借は、催告期間の末日の昭和四三年一月二三日解除されたとすべきであるから、被告谷川は原告に対し、契約解除による原状回復として本件土地を地上の本件建物を収去して明渡すべき義務があるほか、原告主張の未払賃料および賃料相当の損害金を支払うべき義務がある。
二、被告草薙に対する請求について。
本件土地を含む原告主張の宅地が原告の所有であること、被告草薙が本件建物中原告主張の部分を占有し、本件土地中原告主張部分を占有していることは、いずれも当事者間に争いがない。
しかし、同被告の本件土地部分の占有は、被告谷川の本件土地賃借権に基づくものであったところ、その土地賃借権が契約解除により消滅したことはさきに述べたとおりであるから、被告草薙の右土地占有は、その権原なきに帰したわけであって、同被告は、本件土地を含む宅地の所有者たる原告に対し、本件建物占有部分から退去して本件土地中占有部分を明渡すべき義務がある。
三、結論
被告らに対する原告の請求は、いずれも正当であるからこれを認容すべきである。
よって、民事訴訟法第八九条、第一九六条にしたがい、主文のとおり判決する。
(裁判官 中田秀慧)
<以下省略>